賭狂がゆく

港澳(香港、マカオ)往来28年、人生如賭博

香港民主派内の“本土意識”台頭について

 
先日の爆発物摘発事件で、日本の報道は香港「本土派」をまるで過激派の如く解説している傾向があったように見受けられたが、それは極く一部を取り出して報じているに過ぎない。
 
この香港「本土派」または「本土意識」なる現象を解説している媒体は、私の知る限り殆ど無いようである。そこで私見ではあるが、その概略を述べてみたい。
 
1.近年の香港民主運動の特徴

(1)学生勢力の台頭
政党が主導していた香港における民主派の活動が大きな転機を迎えたのは2012年、中共が香港政府に「国民教育科」なる「愛国教育」カリキュラムの実施を指示した事件からである。これは中共が定義する「中国 = 中国共産党」、「愛国 = 愛党」という概念を小中学生に教え込もうという「洗脳教育」であり、香港人の猛反発を呼び込んだ。
 
結局香港政府は「国民教育」導入を撤回せざるを得なかったが、この時の反対運動の原動力となったのが、当時15歳の黃之鋒君(Joshua Wong1996生れ。現在、香港公開大学1年生)をリーダーとする中学生たちであった。
 
 
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今回の占拠事件に於いても香港政府や中共指導部への交渉の矢面に立っているのが、「香港專上學生聯會」(HongKong Federation of Students,略称は學聯。香港大学など8校の学生会連合)と「學民思潮」Scholarism,2012年香港政府の「国民教育科」義務化に反発した中学生主体の学生組織)という学生団体である。

学生勢力が一般市民の支持を得ているのは、元をただせば既存民主派政党と政治家の力量不足により、汎民主派政治勢力が離散集合を繰り返してばかりで目立った成果を市民に示していないことに原因がある。
 
日本を除く世界各国においては、「大学生」という存在は無視できない政治変動勢力である。今年3月に台湾・馬英九政権が中共との間で結んだ「サービス貿易協定」に抗議し、台湾の自由と独立を訴えた学生集団「太陽花(ひまわり)學運」による台湾立法院の占拠事件があったが、それに呼応して香港の民主派学生2千人もデモ活動を行った。2012年に成果を収めた香港の学生たちは、台湾の学生運動の成功に触発されて更に政治活動に自信を抱いたのである。
 
(2)急進民主派の伸長
この学生たちの動きと並行して、民主派政治勢力もここ数年で大きな変動を迎えていた。2012年から13年初旬にかけて公正な普通選挙実施論が顕在化し、香港特別行政区行政長官選挙の立候補制限撤廃、立法会議員選出の“親中派”枠(各産業界からの選出、全70議席中35議席)の撤廃要求が運動の主流となっていたが、従来の民主派各政党のスタンスはリベラル系、社会民主主義系で、あくまでも「一国二制度」の枠内での民主化推進であった。
 
ところがこの既存民主派政党の活動形態に不満を示す急進的民主派が2010年以来急激に増加し、インターネット類の普及も手伝って、今や一大勢力を形成するに至った。

彼らの多くは「本土派」とも呼ばれ、各種調査での「自分は“中国人”ではなく“香港人”」と考える階層と重なっている。香港ローカルの権利擁護を活動テーマとし、「一国二制度」の枠を超えて「香港基本法の枠組みの打破」から「香港憲法制定論」までを提唱する党派も出現している。
 
(3)新勢力の出現と「佔領中環(セントラル占拠)」運動
もうひとつの新勢力は学術界や宗教界など、既存政治勢力の思考枠に囚われない人々の出現である。昨年の民主派による占拠を事実上主唱したのは「佔中三子」と呼ばれる発起人、すなわち戴耀廷(ベニー・タイ)氏:香港大学法律系副教授、陳健民氏:香港中文大学社會學系副教授、朱耀明氏:香港柴湾パプテスト教会前主任牧師…の三人である。
 
 
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彼らが提唱した運動形態は、活動家だけでなく学生、一般市民をも広く動員し、1万人以上の民主派人士で国際金融街香港島セントラル地区占拠、つまり「佔領中環(略して“佔中”)」状態を作り出すが、あくまでも非暴力を貫き、中共の押し付け選挙ではない真の普通選挙実施を求めるために中共と香港政府に圧力をかけるというもの。かつてアメリカでキング牧師が展開した「公民権運動」やインドのガンジーが提唱実行した非暴力不服従運動を範としている。
 
元々穏健民主派だった彼らがこのような計画を策定した原因も、やはり既存民主派政治勢力の運動の“手詰まり感”によるものであった。
 
2.香港「本土意識」の出現と浸透について

(1)香港の世代別アイデンティティ

a.原住民世代:
英領となった以前から香港に居住していた原住民、および国共内戦前に移住してきた各地域の華人で、中国の伝統文化を維持してきたが現代では少数派である。更にその子孫たちのメンタリティーは、下記「第二世代」「第三世代」と同化している。
 
b.第一世代:
194060年代の国共内戦と、中国共産党統治下の中国本土を嫌って(または財産をすべて失って)「難民」として香港に逃れてきた世代。中共政権を嫌っているものの、「自分は中国人、華人である」という意識であり、「中国」に親近感を持つ。時には「台湾の中華民国こそが中華正統」と述べる人もいる。
 
c.第二世代:
196080年代に高度経済成長期の香港で生まれ育った世代。教育水準が高く、「香港と中国とは違う」と認識する人が大多数。「自分の地元は香港である」、「自分は華人であり香港人である」と意識している。但し1997年の香港返還前後に、海外移住もしくは外国国籍の取得に動き、いざという時には香港脱出も辞さない人も多い。
 
d.第三世代:
1990年代以降に生まれた若い世代。教育水準が最も高い世代で、生まれながらに「自分は中国人ではなく香港人」と認識している。中国と香港との交流増加が逆に香港の対中感情を悪化させているが、特に第三世代の対中嫌悪感が強い。彼らが香港社会の中堅となる40代、50代を迎える頃、香港の「一國兩制」は50年の期限を迎える(2047年)。第二世代のような逃げ場もすでに無く、香港の民主化は死活問題である。
 
以上を踏まえ香港の「本土意識」は、「香港こそが“祖国である」という認識下に香港ローカルの権利拡大を目指す意識と行動で、上記の第三世代を中心に急速に広まりつつある。実際、昨年の「雨傘運動」など昨今の抗議活動に参加している人々の大半は、第三世代と第二世代の人々である。
 
(2)本土派の行動と理論

◎「駆蝗行動(蝗=イナゴ=中国本土人。つまり中国人の駆除)」
昨年初頭から始まった、急進民主派による中国人排斥運動。中国本土客の訪港制限撤廃と行動制限の自由化で中国人が激増、一般消費だけでなく転売目的の一部商品買占めなどで香港市民の生活を圧迫。更に度重なる中国本土人の乱行が一般香港人の反感を呼んだ結果、中国人排斥デモや親中派団体との衝突が発生している。
 
◎「香港城邦論」
本土意識の一形態で、文芸評論家・嶺南大学中文系助教授の陳雲氏が2011年に提唱した。
 
 
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ルネサンス期のベネチアなど水運で発達した都市国家に香港をなぞらえ、一國兩制の枠内で都市国家としての香港を維持すべしというもの。そして「中国の民主化」にコミットすべきではなく、一方で「香港独立」にも反対、という立場である。
 
更に陳雲氏は、香港のみならずマカオや台湾、更には韓国や日本までを含めた「中華連邦」を形成すべきと説いているが、日本を中華圏に含めてしまう辺り勉強不足の感は否めない。
 
◎「香港民族論」
現在最も急進的な議論は20142月、香港大学学生会が機関誌『学苑』2月号において展開した「香港民族 命運自決」論と、同年9月号の特集「香港獨立論」である。
 
 
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前述のように近年、香港人の大多数が「私は中国人ではない、香港人だ」と主張するようになって来た。しかしそれでも「華人」意識や「中華圏」概念から外れようという思想は、全然発生していなかった。ところがこの「香港民族論」論は、単に中共からの離脱に止まらず、「華人」「中華圏」という概念に対する訣別の意味をも内蔵している。
 
3.「本土意識」に対する中共の過剰反応
中共はこの「本土意識」を「港獨=香港独立」と呼び、度々『人民日報』論説等の各種マスコミ媒体で、
「香港民主派が“香港独立”を企てる勢力に操られており、その背後で糸を引いているのが台湾独立派だ」
と決めつけ、「港獨」の動きは分離主義である云々と名指しで非難している。
 
そして昨年2月以降のウクライナ・クリミア情勢に触発されたのか、
「クリミアの住民投票によるロシアへの併合と同じように、台湾独立派が台湾の実権を握れば、住民投票による台湾独立の後に次なる住民投票で、日本に併合される道を選ぶであろう」
という無茶苦茶に飛躍した論説を繰り出してきた。
 
香港での2017年における公正な普通選挙実施の公約を中共が反故にした一因には、自らが編み出した妄想的な論説が実現してしまうのではないかという、“怯え”に近い意識が存在していることが挙げられよう。
 
たしかに中共にとって「チベット」、「東トルキスタン新疆ウイグル自治区)」、「南モンゴル内蒙古自治区)」の叛乱と独立は脅威であるのは、誰もが知るところである。さらに本来は台湾併合のための誘因措置である「一国二制度」の実験場である香港で、漢民族の筈の香港人「香港民族 命運自決」論を繰り広げて“自立、独立”の動きが顕在化してしまったら、台湾どころか上記3地域の反中共民族勢力が勢いを増すであろうことは自明である。
 
そして中共が進めている、域内56民族を「中華民族大家庭」として統治するという民族統治政策も崩壊してしまうのは必定であろう。従って中共とその下請けの香港政府は、「港獨」つまり香港独立の動きに対して極度に神経質になっているのである。
 
現在の香港「本土意識」はまだ発生して日が浅く、「港獨」のムーブメントに直結している訳ではない。しかし今後はむしろ、中共の過剰反応が逆に、「港獨」のムーブメント興隆を促進してしまう可能性もあり、「本土派」の動きを注意深く観察してゆく必要があると思われる。
 
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