賭狂がゆく

港澳(香港、マカオ)往来28年、人生如賭博

『新麻雀放浪記』で博奕の本質を学ぶ

 
 
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カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案」(※正式名称:「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」、所謂カジノ法案」は、安保法案を優先させたあおりを食って今国会での成立が断念されてしまった。
 
しかし、考えてみれば良かったのかも知れない。何故なら、どうも博奕の本質をまったく理解していない議員、首長が多すぎるからである。
 
ほとんどがカジノの経済効果にばかり目を奪われていて、博奕の恐ろしさを知らない。ギャンブル依存症」対策も論じられてはいるが、それも昨年のエントリーで論じたように「カジノ関連利権」の一端でしかない。
 
もう2020年の東京オリンピックには間に合いそうも無いのだから、ここは仕切り直しで、改めて「博奕の本質」「賭博の歴史」について議連や各種会合で議論を展開した方が良いのではないだろうか。
 
そこで当ブログが賭博に関してお薦めしている映画は、
『新麻雀放浪記(監督:雑賀俊郎、製作:ケイエスエスケイエスエス販売、平成11年作品)。
 
阿佐田哲也氏原作・『新麻雀放浪記』(文春文庫)を映画化したものである。
 
この映画はカジノ誘致・設置を論じる関係者だけでなく、ギャンブラーを自認する人全員にお薦めである。何故かと云うと、博打の本質を90分という時間の中でコンパクトにまとめているからである。
 
本編の随所に出てくるキャストのセリフは、博打を通じて見えてくる人生の真理を如実に物語っているようでもある。
「ツキは粗末にしちゃ、いけない…」とは、原作者・阿佐田哲也氏の人生哲学そのものか。
 
原作: 阿佐田哲也麻雀放浪記』(文春文庫)
製作: ケイエスエスケイエスエス販売、平成11年作品
監督: 雑賀俊郎
 
【あらすじ】
20年前の麻雀打ちの伝説、4日間飲み食い睡眠なしの“死の闘牌で唯一生き残った男、坊や哲火野正平。一生分のツキを全て使ってしまったと悟った哲は、麻雀から足を洗い、女のヒモとなって日々を過ごしていた。
 
しかしある日、競輪場で並外れたツキを見せる若者“ヒョッコ”(奥田智彦)と出会ったことから、哲は再び麻雀という勝負の世界に引き戻されてゆく。
 
一方、哲の女(朝岡実嶺は昔の男を助けるためにソープで働くようになる。その斡旋をした片目深水三章は、哲が並外れた雀鬼であることに気付き、女の権利書を賭けて哲に麻雀勝負を挑む。
 
またヒョッコは同棲中の女(筒井真理子)のために麻雀から足を洗おうとするが、「あんたから麻雀を取ったら何が残るのよ」という女の叫びで、再び片目や哲を相手に勝負を賭けてゆく。
 
哲、ヒョッコ、片目の勝負の舞台は、20年前“死の闘牌が行われた雀荘の、同じ卓だった。哲と片目に食われるヒヨッコに廻ってきた手牌はドラ三つ。そのドラを切ってヒヨッコが狙うのは、乾坤一擲の役満国士無双」…
 
その勝負の前に主人公が、ベテラン相手の麻雀勝負に挑もうとする“ヒョッコ”へ語る台詞が、博奕の本質を的確に表している。
 
「博奕っていうのはよ、失くすのは金だけじゃねえぞ。
てめぇの体、親戚、友だち。
それだけじゃない。女、未来、心。
それで、ずたずたになった命だけが残る。
下手すりゃよ、その命も持ってかれちまう。
それでもいいか?」
 
見終わって、博奕の怖さが痛感できる作品。私のイチ押しである。
 
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