しかし戦後になって毎日は、「この百人斬りは事実無根だった」(『昭和史全記録』1989年3月刊)と創作だったことを認めている。
ところが中国はこの記事の真偽を調べることもせず、記事に書かれた二人の日本人将校を処刑。そして現在に至るまで日本の残虐性の象徴として「南京百人斬り」を喧伝して来たのである。
悪名高い中国・南京の「大屠殺紀念館」に、
が展示されているが、これはレプリカである。出所は台湾・台北の「國軍歷史文物館( R.O.C Armed Forces Museum)」に展示されている、錆びついた一本の日本刀。それは「南京大屠殺日軍軍刀」と紹介されている。
(撮影場所不明の写真を等身大に引き伸ばし、赤丸箇所に日本刀を固定。筆者撮影)
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2007年4月12日付エントリー
そこでは主に向井少尉(当時)の佩刀「関の孫六兼元」を中心に述べたが、もう一人の将校、野田少尉(当時)の佩刀について補足したい。
ちなみに私は高校生の頃より居合道(夢想神伝流)を嗜んでおり、同時にTV番組『開運・お宝鑑定団』にも時々出演されている「銀座刀剣柴田」さんなどの刀剣商、刀の研師さんらとのお付き合いが少々あり、日本刀に関わって37年経つ。
●さて、新聞記事では野田少尉の佩刀については「無銘(製作者不明)」となっていたが、南京戦後に野田氏が帰郷し、地元で講演した際に、所持刀は「波平」である云々と述べたという話を聞いたことがある。
この刀の柄に隠された茎(なかご)部分を露出するか、日本へ研ぎに出せば検証が進む筈だが、文物館側がそれをしないのは多分、検証すると困るからではないだろうか(再訪した際に館員に(英語で)それを説いたのだが、聞き流された)。
要するに「南京大屠殺」というプロパガンダが目的なので、細かいディテールは知ったこっちゃない…といった処だろう。
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國軍歷史文物館( R.O.C Armed Forces Museum)
下車後、総統府に向って徒歩7分ほどの場所
ここは中華民国・国防部が運営している。基本的に「中華民国」= 国民党率いる国府軍のプロパガンダ的要素が強い資料館で、当然観光ルートにも入っていない。ただし支那事変当時の国府軍使用装備など珍しい展示品もあるので、軍事マニアは必見と云えよう。
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