賭狂がゆく

港澳(香港、マカオ)往来28年、人生如賭博

追悼・中川昭一氏「酒を讃むる歌十三首」

 
 
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昨日に続いて、故中川昭一氏について書きたい。7年前の氏の死去の時分、全てのマスコミはローマでの「酩酊会見」の映像ばかりを編集して流し、また各局各番組のコメンテーターとやらも酒の話ばかりコメントしていて、うんざりしたものである。
 
また同様に、中川氏の酒癖ばかりを強調して書いている外道ブロガーが沢山いた。ほとんどが当時、保守系ブロガーらに「ネトウヨ」「バカウヨ」のレッテルを貼っていた連中。この中で、今でもブログを続けているのが結構いて、そのうちに総まとめでも作ってやろうかと思っている。
 
それはともかくとして、酒は人生の友である。
 
ロシアの故エリツィン大統領なんかも度々酔ったまま行事や会見に臨んでいたくらいだから、中川さんも「酒はいけない」などとしたり顔でのたまう馬鹿どもは無視して『酒道一直線』でゆけば良かったのだ。
 
選挙後も畏まって断酒したりするから、元々は必要ない睡眠薬なんぞを処方される破目に陥ったのではなかろうか。
 
あな醜(みにく) (さか)しらをすと酒飲まぬ
 人をよく見ば猿にかも似む
 
( ああ醜いことよ。賢そうにして酒も飲まない人をよく見れば、猿にそっくりではないか )
 
これは万葉集巻三に載っている大伴旅人の歌、
大宰帥大伴卿、酒を讃()むる歌十三首」の一首である。
 
大伴旅人(天智四(665)年~天平(731)年)は奈良時代歌人、政治家。また九州・隼人の叛乱を鎮圧するなど豪快な武人でもあり、万葉集には人生の機微を感じさせる歌のほか、前述の酒を讃えるおおらかな歌も詠んでいる。
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(しるし)なき物を思はずは一坏(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあらし(339)
(くよくよと甲斐のない物思いに耽るよりは、一杯の濁り酒を飲む方がよいらしい)
 
酒の名を聖(ひじり)と負ほせし古の大き聖の言(こと)の宣しさ
(340)
(酒の名を聖人と名付けた昔の大聖人の言葉のなんと結構なことよ)
 
古の七(なな)の賢(さか)しき人たちも欲()りせし物は酒にしあらし
(341)
(昔の「竹林の七賢」も、欲しがったものは酒であったそうだ)
 
賢しみと物言はむよは酒飲みて酔哭(ゑひなき)するし勝りたるらし
(342)
(かしこぶって物を言うよりは、酒を飲んで酔い泣きするようがましのようであるよ)
 
言はむすべ為むすべ知らに極りて貴き物は酒にしあらし
(343)
(言いようもなく、どうしようもない程に、この上もなく貴い物は酒であるらしい)
 
中々に人とあらずは酒壷(さかつぼ)に成りてしかも酒に染みなむ
(344)
(なまじ人であるよりは、いっそ酒壺になってしまいたい。いつも酒浸りでいられようから)
 
あな醜(みにく)(さか)しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む
(345)
(ああ醜いことよ。賢そうにして酒も飲まない人をよく見れば、猿にそっくりではないか)
 
(あたひ)なき宝といふとも一坏の濁れる酒に豈(あに)勝らめや
(346)
(値のつけようもない宝であっても、一杯の濁酒にどうしてまさろうか)
 
夜光る玉といふとも酒飲みて心を遣()るに豈(あに)()かめやも
(347)
(暗い夜でも輝く宝玉といえども、酒を飲んで憂さ晴らしするのにどうして及ぼうか)
 
世間(よのなか)の遊びの道に洽(あまね)きは酔哭するにありぬべからし
(348)
(世の中の遊びで一番楽しいことと言えば、酒に酔って泣くことに決まっているようだ)
 
今代(このよ)にし楽しくあらば来生(こむよ)には虫に鳥にも吾は成りなむ(349)
(現世が楽しければ、来世には虫にも鳥にも私はなってしまうだろう(が構わない)
 
生まるれば遂にも死ぬるものにあれば今生なる間は楽しくを有らな
(350)
(この世に生れれば結局は死んでしまうのだから、この世に生きている間は楽しく過ごしたいものだ)
 
黙然(もだ)居りて賢しらするは酒飲みて酔泣するになほ及()かずけり
(351)
(黙りこくって賢ぶっているというのは、酒を飲んで酔い泣きすることに何といっても及ばないものだ)
 
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故人は傍目でも、たしかに酒量は多かった。亡くなる一年前にホテルオークラでの某会合で見かけたときも、他の議員に比べて際立って酔っていた。近づくのが憚られた程であった。
 
そしてマスコミもレッテルを貼り続けた。「酔いどれ大臣」「アル中大臣」…
 
しかし、それがどうしたと言うのだ?
 
某・猿軍団のように「反省」するよりも、逆に豪快な開き直りこそが、酒を愛した中川さんにとって必要だったのではないだろうか。
 
酒癖が抜けないものの日本の国益を守る仕事をきちんとこなす人と、素面で小賢しい顔をして違法行為を繰り返し売国を行う何処ぞの政治家とでは、どちらが日本のためになるか誰だって判るだろう。
 
もっとも今となっては詮無きことである。
 
国士・中川昭一先生のご冥福をお祈りいたします。
 
 
(当エントリーの内容の初出は産経が運営していたイザ!ブログの旧「賭人がゆく」2009109日エントリーでしたが、産経がブログ運営を止めてしまい消滅。そこで今回、新たに書き下ろしたものです)
 
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