1991年1月17日、米主導の多国籍軍がサダム・フセイン政権のイラクに空爆を開始した。所謂「湾岸戦争(Gulf War)」である。
我が国は多国籍軍に参加せず戦費約130億ドルを拠出したものの国際的な評価を得られず、戦後にペルシャ湾の機雷除去を目的とする海上自衛隊の掃海艇部隊を派遣し、辛うじて評価された。
その当時の政権首班が、昨日死去を報じられた海部俊樹氏だった。
産経新聞1月14日配信記事↓
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岸防衛相、死去の海部氏「ペルシャ湾派遣高く評価」
(https://www.sankei.com/article/20220114-7FVGJJ5VSBMF5JRIXX3LU5EC7A/ )
岸信夫防衛相は14日の記者会見で、9日に死去した海部俊樹元首相について「ペルシャ湾に海自の掃海艇を派遣したことは、その後高く評価されている」と偲んだ。(以下略)
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横須賀、呉、佐世保から派遣各隊が出港し、横須賀では海自音楽隊が見送りの演奏をしている光景を当時TVニュースで見ていたのは覚えている。
その数年後に某氏から見送り裏話を聞いた。音楽隊の演奏曲目の中に我が国伝統の名曲である行進曲『軍艦』、つまり軍艦マーチが入っていたのだが、急遽取り止めとなったというのである。
その取り止め指示を出したのは当時の首相官邸、すなわち海部首相であった由。後日その話のウラを取ろうとしたのだが、当時はまだ三十代前半の若造で聞くアテが無くそのままになってしまった。
あの頃は現代ほど自衛隊が認知されていなかったので、左翼勢力からの攻撃を避けるため仕方なかったのだろう。また巨額の戦費拠出もアメリカに一蹴されたので、軍艦マーチ演奏で再びアメリカの怒りを買うのでは?と恐れたのかも知れない。
その海部氏も91歳で鬼籍に入った。ご冥福を祈ります。
ちなみに前述の横須賀での派遣部隊見送りであるが、なんと軍艦マーチはしっかり演奏されたそうである。それもアメリカ海軍音楽隊によって。
(ご参考動画)
日米合同演奏 行進曲「軍艦」~錨を上げて
(https://www.youtube.com/watch?v=wAuWUvC8b2w )
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