賭狂がゆく

港澳(香港、マカオ)往来28年、人生如賭博

事実か?ボケか?バイデン大統領発言

 

失言・妄言著しいバイデン米大統領が先週会見中にヤバい発言を。

 

共同通信4月18日配信記事

… … … … … … … … … … … … … … … … … …

「おじが食人部族の犠牲」 バイデン氏記憶違いか

(https://nordot.app/1153695379839566774 )

【ワシントン共同】バイデン米大統領(81)は17日、第2次大戦中におじが搭乗した軍用機が「ニューギニア島の人食い部族が大勢住む地域で撃墜された」と述べ、部族の犠牲になったとの見方を示した。だが、米軍の公式記録は機体が島近くの海上に「不時着した」と記されており、人食い部族への言及もなかった。バイデン氏の記憶違いとみられる。(以下略)

… … … … … … … … … … … … … … … … … …

 

かつて、1961年には大富豪ロックフェラー家の御曹司だった民族学者マイケル・ロックフェラーがニューギニアで消息を絶った有名な事件があった。一説には現地の「首狩り族」に食べられたのではないかとも噂されたが、真相は今もって判らない。

 

もしかしたらバイデン大統領は単にボケたのではなく、頭の中でこの事件と行方不明になった伯父貴(アンブローズ・フィネガン氏)の件とがごっちゃになってしまっている可能性も否定はできない。

 

たしかにニューギニアの原住民の中には「首狩り族」や食人習慣があった部族がいた…と伝えられている。ただそれは相当昔の話で、第二次世界大戦時にまだそんな習慣があったかどうかは定かではない。

 

筆者は以前(平成4年)にパプアニューギニア各地を戦跡巡りと慰霊のため訪れたことがあった。当時、日本とパプアニューギニアとの間には直行便が無く、旧コンチネンタル航空(現・ユナイテッド航空)がグアムからパプアニューギニアの首都・ポートモレスビーへ直行便を就航させていた。

 

機上から眺めるニューギニアの大地の景観は壮大なものだった。

 

(以下、筆者撮影)

 

(オーエンスタンレー山脈)

 

ポートモレスビーで降りた際、戦跡慰霊のため来訪していた帝国陸軍生き残りの方(当時、小隊指揮官)と知り合い、当時の状況について伺う機会があった。具体的な戦闘談よりも当時の飢餓状態と食料事情、現地人との交流についての話が中心だったが、「首狩り族」やら食人部族に襲われたなどという話は無かった。

 

原住民との交渉に関しては、その方の部隊は比較的現地人と友好関係を維持していたとの事だったが、他の部隊ではアメリカ軍及びオーストラリア軍に武器(無論、刀や弓ではなく小火器や手榴弾)を供与されてゲリラ化した部族に襲撃されたという事件もあったそうである。

 

後日別の方から伺ったところによると、現地部族の中には日本軍も米豪軍も見境なく弓矢や槍で襲っていた集団もあった由。バイデン大統領の話もあながち間違いとは言えないのかも知れない。

 

ちなみにニューギニアでお目にかかった三重県出身の元小隊長はもしご存命ならば恐らく105~110歳位の筈である。今にして思えば、もっといろいろな話を伺っておくべきだったと悔やまれてならない。

 

パプアニューギニア・ニューブリテンラバウルでの筆者、平成4年)

 

… … … … … … … … … … … … … … … … … …

ブログランキングに登録しています。

応援いただければ、下記アドレスをクイックお願い致します。

https://blog.with2.net/link/?2009463 )

… … … … … … … … … … … … … … … … … …