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性別変更「親」と子…次は相続訴訟も発生か

 
過日の婚外子相続判決に続き、今度は性別変更「父」と第三者精子を使って生まれた子供とを「親子」とする最高裁決定が出た。
 
民法772条の規定「妻が婚姻中に妊娠すれば夫の子と推定する」、これを誰が考えても生殖能力がある筈のない性別変更「父」のケースにも適用して、「特例法で性別変更した男性は、夫として結婚できるだけでなく、婚姻中に妻が妊娠した子と法律上の父子関係があると推定される」
と判断。
 
新たな「判例」登場で世の中大混乱に陥る可能性がまた増えた。
 
読売新聞12111955分配信記事↓
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性別変更した夫と人工授精の子は「親子」最高裁
 性同一性障害で女性から性別変更した兵庫県内の男性(31)とその妻(31)が、第三者精子を使った人工授精で誕生した長男(4)を法律上の夫婦の子(嫡出子)と認めるよう求めた審判で、最高裁第3小法廷(大谷剛彦裁判長)は、嫡出子と認める決定を10日付で出した。
 一般の夫婦と同様に、「妻が婚姻中に妊娠すれば夫の子と推定する」という民法772条の規定が適用されるとの初判断を示した。
 性別変更した男性と血縁関係にない子どもとの親子関係を認める判断で、生殖医療が急速に進歩する中、家族のあり方について議論を呼びそうだ。
 裁判官5人のうち3人の多数意見。裁判官出身の大谷裁判長と学者出身の岡部喜代子裁判官は「男性に生殖能力がないことは明らかで、父子関係は認められない」と反対意見を述べた。(以上引用)
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そして先月は自民党のプロジェクトチームが「生殖補助医療法案」、つまり「代理出産制度」を法制化する動きを見せている。
 
読売新聞1111926分配信記事↓
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代理出産、自民に容認論…生殖補助法PT検討案
 自民党のプロジェクトチームが検討している生殖補助医療法案の骨子が、明らかになった。
 日本産科婦人科学会が認めていない代理出産を限定的に認めるほか、精子卵子、受精卵の第三者への提供を容認するなど、大きく踏み込んだ内容となっている。党では骨子をたたき台に議論を進め、公明党とも協議の上、来年の通常国会議員立法として提出したい考えだ。
 生殖補助医療を巡っては、第三者精子卵子の提供による出産や、夫婦の精子卵子でできた受精卵を別の女性に移植する代理出産などが、法的な位置づけがないまま国内の一部の医療機関で行われている。
 法案は、第三者が関わる生殖補助医療を明確に規定することで、必要な人が適正に治療を受けられ、商業化への一定の歯止めをかけるなどの狙いがある。(以上引用)
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以上から、次に発生が考えられる訴訟の内容は下記のようなものになるだろう。
 
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通常の婚姻により、嫡出子(A)が誕生。
その後、父親(甲)が性転換して戸籍も「女」に。
婚姻関係は維持されたまま、「女」となった父(甲)が別の男性(乙)と不倫、事実婚状態へ。
代理出産制度」により、別の男性の精子を提供された「代理母」が(B)を出産。戸籍上は、性転換した元「父」(甲)が「母」となる。
男性(乙)が実は婚姻しており、実の嫡出子(C)がいることが発覚。
(甲)と(乙)が不慮の事故で死亡。
遺産相続の取り分を巡って(甲)の嫡出子(A)と、「代理母」出産で血縁関係にない「非嫡出子」(B)、そして(乙)の嫡出子(C)が、三つ巴の訴訟へ。
  「非嫡出子」(B)にも平等の権利付与の判決が。
その理由「法の下の平等」、全体として法律婚を尊重する意識が広く浸透しているからといって,嫡出子と嫡出でない子の相続分に差別を設けることはもはや相当ではないというべきである。(平成24年ク第984号第985号遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件平成25年9月4日 大法廷決定より)
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原告と最高裁に共通しているのは、伝統的常識・既存常識の埒外にいる特殊な大人の側の「権利」増長しか眼中になく、この原告側の「子」の人権に配慮する姿勢も発想も皆無であるという事。
 
つまり子供が成長して「父」親と自身の出生に関する真実を知った場合の、子の心の問題を全く無視している。「父」が元は女だった…という点で受ける衝撃と、次に子が疑問に思うであろう「自分の肉体的父親は誰なのか」という件に対して、どうするかという視点が欠落している。
 
あるいは両者とも「子どもには真実を知る権利は無い」と決めてかかっているのかも知れない。まさに「子どもの人権」蹂躙である。
 
真の「子の福祉」を無視している原告の訴えと最高裁の判断は、まさに大人のエゴの最たるもの。その理屈が罷り通ったのだから、上記のような訳の判らない展開が読めてしまう。
 
これで、いいのか?
 
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